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ダイエットから過食症へ
ダイエットは大変やせている方でも関心が高いと思います。そしてその一つに食事制限、あるいは絶食というやり方でダイエットをお考えの方が居ると思います。
警告しなければいけないと思っています。
ご相談の方は全くダイエットに縁がなさそうな位やせている方でした。しかも過食症で悩んでいるというお話です。一日にアイスを80個、他の日にはジャンボシュークリームを30個、また、他の日には15p前後のケーキですと6ホール食べた記録もあるとお話して下さいました。それでいて、お腹一杯にならないそうです。
スピリチュアルリーディングすると子猫が化け猫になってその人の中に居ます。
化け猫というと言葉が悪いですが、爪が10p以上あり、目も縦の瞳が異常に細くなんといっても、輪郭より目の方が大きいのです。私をじっと見つめています。怖いという気持ちより、猫だと解りませんでした。見つめ合っている目が猫の目なんだろうな?といった気持ちの方が強かったように思います。
暫くすると体全体が見えてきて、子猫だと解りました。そしてその長い爪で自分のお腹を立てに切って私にそのお腹の中をガバッと開いて見せるのです。中は空っぽです。でも、悪さは一切しません。可哀想な迷える化け猫でした。
実は猫は人間の言葉が通じませんから、テレパシーが殆ど出来ません。
同じ動物でも狐や蛇は神としての立場からなら、テレパシーが出来ます。思い起こせばこの時は本当に怖い思いをしました(・・;)狐様の顔は神社にある陶器の置物のお顔と全く同じです。舌もミミズの様に細くて・・・話がそれてしまいましたね。
しかし、猫は神の力がありませんので、人間の言葉が解りません。ですから、猫側にしても私に伝えられないのです。これは大変困ったことなのです。どうして貰いたいのか、なんでそこにいるのか。聞けないし、説得もできないのですから。
その方に猫が見えるのですが、何か覚えがありませんか、とおたずねしますと、猫を追いかけ回していじめたことがありますが、その猫でしょうか?というお答えでしたが、何せ猫自身とお話できないので、私もわかりません。
子猫ですか。とお尋ねしましたら「違う。」とおっしゃいました。
スピリチュアルリーディングてみえる猫の特徴は子猫で手足が白く、背中が灰色の虎の模様があるのですが、と申し上げるとすぐに思い当たるとお話して下さいました。
小学生の頃捨て猫を友達と育てたことがあり、3日で死んでしまった猫だとおっしゃいました。生まれたばかりの子猫です。模様も間違いありませんというお答えでした。
「これだ」と私も思いました。その猫は餓死したのです。そして、お腹をすかせて死んで逝きました。ずーとこの方が来るのを待ちながらの死だったのです。死んだ後この方は子猫の死を確認していますから、その時に憑いてきたのでしょう。
やがてこの方が年頃になり、ダイエットをしたとき、餓死したときと同じくらいお腹をすかせて我慢していたのだと思います。その時、この子猫が入り込んだようです。
ミルクが欲しくて仕方なかったのでしょう。この子猫が欲しいミルク系のもの、それはクリーム系になります。こればかり食べてたくなっていたのです。甘味というと和菓子も入ってしまうのですが、この方の過食を見れば解るとおり、クリームのものばかりです。
原因は分かりました。
さて、どうしたら外に出てもらえるかです。説得しても、馬の耳に念仏です。いずれにせよ、神に頼むしかありません。ここでも無垢の水晶の丸玉を使います。最後の手段ではこの中に子猫ちゃんが入ってくれれば、神が連れて行ってくれるのです。良い水晶の丸玉はテレポートに使えます。
水晶に入れるまでが一苦労ですが・・・・。ご興味あるでしょうが、この方法は真似されると危険なのでここでは控えさせて頂きます。
優しさって何でしょうか。
可哀想、可愛いという一時の感情で飼える環境が作れないのに、中途半端な事をしても良いのでしょうか。その結果何十年も苦しむ結果になるのですから、動物を飼うという行為は慎重にならなければいけないと思っています。
そんな事を申し上げると捨て猫を放置しておくのは、冷酷だと責められるかもしれませんね。私が申し上げたいのは、そういうレベルの話ではありません。
出来ない事に責任を持つと言うことなのです。出来もしないことをしようとする行為が害になるのです。
捨て猫をする方も無責任です。
子猫が生まれないように処置をするか、飼い主の手で赤ちゃんを処分するかの責任を持つべきでしょう。
段ボールの中に入れて子猫や子犬を入れて捨てるとき、「良い人に拾われますように。」なんて事を信じる方がムシが良すぎると思います。野良犬に食われるか餓死がまっているのです。捨て猫や捨て犬の結末を理想で片づけないで欲しいものです。
無責任な行為は自分に返ってきます。
本当の優しさは時には冷たいものです。責任を取るという結果、断るという事、突き放すという行為も場合によっては必要な優しさだと思います。
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